施術で一つの場所に触れる前に「理由を3つ考える」|私が臨床で仮説を増やす理由

私が臨床で、かなり大切にしていることがあります。

それは、

一つの場所へアプローチする前に、その場所を選ぶ理由を最低でも3つ考えること。

です。

これは、ずっと臨床をやってきた中で、自分なりにかなり重要だと思うようになった考え方です。

患者さんに症状がある。

体を触る。

すると、

「ここ、なんか気になるな」

という場所が出てくることがあります。

ただ、私はそこで一つ理由が見つかっただけでは、すぐには手を伸ばしません。

もう少し考えます。

なぜここなのか。

この患者さんの症状と、どうつながるのか。

別の視点から見ても、この場所を疑う理由があるのか。

そうやって考えて、

「この理由がある」

「これもある」

「さらにこれもつながる」

と、三つくらい理由が重なった時に、初めてアプローチする。

私は、そんなふうに施術を組み立てています。

目次

触って「ここだ」と感じても、すぐには施術しない

施術をしていると、触診で違和感を感じることがあります。

筋肉の緊張。

左右差。

動きの悪さ。

触れた時の感覚。

いろいろあります。

そして、その瞬間に、

「ここが原因なんじゃないか」

と思うことがあります。

ただ、その感覚だけで施術してしまうと、私は少し怖いんですよね。

なぜなら、触診で違和感があったことと、その患者さんの症状に本当に関係していることは別だからです。

触って硬い。

それだけなら、硬いという事実しかありません。

なぜ硬いのか。

それが症状にどう影響しているのか。

そこまで考えないと、ただ「硬いところを触っている」だけになってしまいます。

理由が一つだけなら、私はまだ仮説として弱いと思う

例えば、腰が痛い患者さんがいたとします。

体を見ている中で、腰とは少し離れた場所に違和感があった。

そこで、

「ここが硬いから腰痛につながっているのかもしれない」

という理由が一つだけある。

私は、それだけではまだ手を伸ばさないことが多いです。

もう少し探します。

姿勢から見ても関係しそうなのか。

動きから見ても関係しそうなのか。

既往歴から見ても説明できるのか。

解剖学的につながりがあるのか。

神経や循環、呼吸など、別の視点から見ても関係しそうなのか。

こうやって複数の方向から考えます。

そして、

「この場所を疑う理由が三つくらい重なってきたな」

となった時に、

「じゃあ一度ここを見てみよう」

となります。

理由が重なるほど、私は「確率が上がった」と考えている

もちろん、理由が三つあったから絶対に正解というわけではありません。

臨床なので、そんなに単純ではありません。

ただ私は、

違う角度から見た複数の情報が同じ場所を指しているのであれば、その仮説の確率は少し上がったと考えます。

一つの理由だけで判断するより、

触診。

姿勢。

動作。

既往歴。

患者さんの訴え。

こういった違う情報が同じ方向へ集まってくる。

その方が、自分としても納得して施術できます。

「理由が3つ」という数字そのものが大事なわけではない

ここは誤解されたくないところです。

医学的に、

「理由が三つあれば正しい」

というルールがあるわけではありません。

これは私自身が臨床の中で使っている、一つの考え方です。

二つでは絶対駄目。

四つならもっと正しい。

そういう話でもありません。

私が大切にしているのは、

一つの思いつきだけで体を決めつけないこと。

です。

「ここが硬いからここが原因」

ではなく、

「本当にそうなのか?」

と一度考える。

そのために、自分の中では最低三つくらい理由を探すようにしています。

一つの理由だけで結果が出ると、逆に困ることがある

臨床では、思っていた以上にいい変化が出ることがあります。

一か所施術した。

症状がかなり変わった。

これは施術者として嬉しいですよね。

でも、難しい症例を見れば見るほど、私は逆に、

「なんで良くなったんだろう?」

と思うことが増えました。

理由が一つしかない状態で施術して、結果だけがものすごく良かった。

そうすると、

「この施術をしたから良くなった」

と言いたくなります。

でも、本当にそうなのか。

別の要因だったかもしれません。

偶然そのタイミングで変わった可能性もあります。

患者さん自身の状態が変化していたのかもしれません。

一つの説明だけでは、後から検証しづらいんですよね。

理由を複数持っていると、施術後に振り返りやすい

例えば、ある場所へ施術する理由が三つあったとします。

一つ目は姿勢。

二つ目は既往歴。

三つ目は動作。

そこで施術をした。

その後、患者さんの動きが変わった。

すると、

「どの考えが今回の変化と一番つながっていそうだろう」

と振り返ることができます。

もちろん、それでも一つに決められないことはあります。

でも、少なくとも施術前に何も考えずに触ったケースより、振り返る材料が増えています。

私はここがかなり重要だと思っています。

施術は「当てること」より、後から説明できることが大切

施術者をしていると、

「ここだと思って施術したら当たった」

という経験があります。

それ自体は悪くありません。

ただ、私は当たったことだけを成功にしたくないんですよね。

なぜそこを選んだのか。

何を根拠に考えたのか。

施術後に何が変わったのか。

次回どうなっていたのか。

そこまでつながって初めて、経験として自分の中に残ります。

結果が出たことより、「なぜその結果が出たのか」を後から考えられることの方が、長い目では大切だと思っています。

仮説と検証を繰り返すと、経験が「知恵」に変わっていく

一回の症例だけでは分かりません。

でも、こういう経験を何十回、何百回と繰り返していく。

この症状の人で、ここを疑った。

理由はこれとこれとこれだった。

施術したらこう変わった。

次回はこうだった。

別の患者さんでも似たことが起きた。

でも、この人では起きなかった。

そういう経験が少しずつ蓄積されていきます。

すると、単なる知識ではなくなってくるんですよね。

教科書で覚えた知識と、実際の臨床経験がつながってくる。

私は、それが知恵になっていく感覚があります。

体を見る視点が一つしかないと、理由も一つしか出てこない

ここで大切になってくるのが、体を見る視点の数です。

例えば、筋肉しか見ていなければ、理由は基本的に筋肉からしか出てきません。

「この筋肉が硬いから」

「この筋肉が弱いから」

という話になりやすい。

でも、姿勢を見る。

関節を見る。

神経を見る。

呼吸を見る。

循環を見る。

既往歴を見る。

場合によっては過去の手術歴を見る。

視点が増えると、同じ患者さんでも違う理由が見えてきます。

それが重なると、

「なるほど、だからここなのかもしれない」

となります。

いろいろ学ぶ理由は、技術を増やすためだけではない

施術者が勉強するというと、

新しい手技を覚える。

新しい技術を覚える。

そういうイメージが強いと思います。

もちろん、それもいいと思います。

でも、私がいろいろなことを学ぶ理由は、それだけではありません。

一人の患者さんを見る時に、理由を増やしたいんです。

この症状を筋肉から見る。

姿勢から見る。

内臓との関係から見る。

呼吸から見る。

神経から見る。

過去の既往歴から見る。

視点が増えれば、仮説も増えます。

仮説が増えれば、一つの考えに固執しづらくなります。

一つの原因に決めつけないためにも、複数の理由を考える

私は、

「この人の腰痛の原因はこれです」

と簡単には決めたくありません。

体は、そんなに単純ではないと思っているからです。

原因らしいものが一つ見つかっても、

「本当にそれだけ?」

と考える。

別の理由はないか。

反対の説明はできないか。

この仮説が間違っているとしたら、次は何を見るか。

そうやって少し余白を残す。

その方が、施術がうまくいかなかった時にも修正しやすいです。

経験が増えるほど「わからない」が増えていく

これは少し不思議なんですけれども、臨床経験が増えれば増えるほど、私は、

「分かった」

よりも、

「なんで?」

が増えました。

昔は、症状が変われば、

「ここが原因だったんだ」

と簡単に思えました。

でも、いろいろな症例を見ると、同じことをしても変わらない人がいます。

逆に、予想していなかった場所へ施術して大きく変わる人もいます。

だから、

「これが正解」

と簡単には言えなくなりました。

ただ、その「分からない」があるから、次を考えられるんですよね。

見たことのない症状ほど、今までの経験が活きる

施術をしていると、今までほとんど見たことがない症状の患者さんが来ることがあります。

そういう時は、やっぱり少しプレッシャーがあります。

「自分に何かできるだろうか」

「うまく変化を出せるだろうか」

「これは自分が見ていい症状なのか」

いろいろ考えます。

でも、そういう時こそ、今まで積み重ねてきた仮説の数が役に立ちます。

症状名だけを見たら知らない。

でも、体を見ると、

「ここは明らかにいつもと違うな」

という場所がある。

その場所と症状は、一見全く離れている。

それでも、過去の経験から、

「この理由ならつながるかもしれない」

「この視点からも説明できる」

「もう一つ、これもある」

と考えられる。

すると、全く知らない症状でも、体そのものは少しずつ読めるようになります。

症状名を知らなくても、体の反応は見られる

もちろん、診断や医療的な判断が必要な症状は、医師の診察が前提です。

施術者が診断する話ではありません。

ただ、私たちが施術する場面では、診断名だけでは分からない部分があります。

この人はどこが動きづらいのか。

どこに緊張があるのか。

どの動作で変化するのか。

どんな既往歴があるのか。

施術前後で何が変わるのか。

そこは見ることができます。

だから症状名だけで施術を決めるのではなく、目の前の体から情報を集める。

私は、その方が臨床では役立つことが多いと思っています。

点だった知識が、ある時から勝手に線になる

このやり方を続けていて、一番面白いと思う瞬間があります。

今まで別々に覚えていた知識が、急につながる時です。

昔勉強した解剖学。

別のセミナーで聞いた姿勢の話。

過去に見た患者さんの反応。

何年か前に経験した手術歴のある方。

呼吸について勉強したこと。

それぞれは、最初は点なんですよね。

でも臨床で何度も仮説を立てていると、

「あれ? これってここにつながるんじゃない?」

という瞬間が出てきます。

点と点が線になります。

さらに経験が増えると、その線同士がまたつながってきます。

私は、これが本当に面白いんですよね。

知識を覚えるだけではなく「患者さんの中でつなげる」

解剖学を覚える。

生理学を覚える。

疾患を覚える。

もちろん大切です。

でも、知識は覚えただけでは臨床では使いづらいことがあります。

目の前の患者さんに、どう当てはめるか。

そして、別の知識とどうつなげるか。

そこまでやって初めて、使えるものになると思っています。

だから、

「この症状ならこの手技」

ではなく、

「この人の場合、なぜここを施術するのか」

を考える。

その習慣がかなり大切です。

施術がうまくいかなかった時にも、理由を振り返る

仮説を立てるメリットは、良くなった時だけではありません。

変わらなかった時にも使えます。

三つ理由があって施術した。

でも変化がなかった。

だったら、

「この三つの考え方のどこが違ったんだろう」

と振り返れます。

触診が違ったのか。

関係性の考え方が違ったのか。

そもそも優先順位が違ったのか。

別の場所の方が重要だったのか。

そこで仮説を修正する。

これもまた経験になります。

「うまくいかなかった症例」も財産になる

施術者としては、患者さんが良くならなかった経験は正直あまり嬉しいものではありません。

「もっとできなかったかな」

と思います。

でも、そこで何を考えたのかを残しておけば、次に使えます。

自分はこの理由で施術した。

でも変化しなかった。

では、この考え方は弱いのかもしれない。

もしくは、この条件では使えないのかもしれない。

そうやって自分の中の仮説を少しずつ修正します。

良くなった症例だけではなく、良くならなかった症例も、仮説があれば次の臨床につながります。

「ここを施術する理由は?」と自分に聞く

もし、施術をしていて、なんとなく手を動かしていることがあるなら、一度自分に聞いてみてもいいと思います。

「なぜ今ここを触っているんだろう?」

と。

理由がすぐ出る。

もう一つ出る。

さらに別の視点からも出る。

それなら、かなり自信を持ってアプローチできます。

でも、

「なんとなく硬いから」

しか出てこない。

その場合は、一度立ち止まってもいいと思います。

他に見る場所はないか。

問診で聞き漏らしたことはないか。

動作をもう一度見た方がいいのではないか。

そう考えるだけでも、施術の質はかなり変わると思います。

私が「理由を3つ考える」本当の目的

結局、三つという数字が重要なのではありません。

私がやりたいのは、

自分の最初の思いつきを、そのまま正解にしないこと。

です。

一つ理由が見つかった。

でも、本当にそうなのか。

別の視点ではどうか。

もう一つ説明できないか。

そうやって少し自分を疑う。

その過程で、体を見る範囲も広がります。

知識も増えます。

施術後の振り返りもしやすくなります。

そして、経験が少しずつ自分の中に蓄積されていきます。

臨床が面白くなるのは、答えが増えるからではなく「つながり」が増えるから

臨床を続けていると、答えをたくさん覚えたから楽しくなるわけではないと私は思っています。

むしろ、

「これとこれってつながっていたんだ」

と気づく瞬間が増える。

その方が面白いです。

最初は別々だったものが、一人の患者さんを通してつながる。

そして、その経験が別の患者さんでまた使える。

以前なら全く分からなかった症状を見ても、

「この視点なら考えられるかもしれない」

と思えるようになる。

そこまでいくと、施術は単純に技術を当てはめる仕事ではなくなります。

考える仕事になります。

私は、その感覚が本当に好きです。

一つのアプローチに、三つ以上の理由を持つ。

そして、結果を見てまた考える。

良くなったら、なぜ良くなったのか。

変わらなかったら、何が違ったのか。

その繰り返しで、点だった知識が少しずつ線になっていく。

私にとって臨床の面白さは、そこにあります。

ここまで読んで、
何か引っかかるところがあった方へ。

ブログでは、
整体院・訪問マッサージ・鍼灸院などの現場で感じてきたことをもとに、
体の不調や症状について、
「どう捉えるか」という前提の話を書いています。

LINEでは、
もう少しだけ、
考え方の話を続けています。

必要な方だけ、
こちらからどうぞ。
▶ LINE登録はこちら

関連記事はこちら
▶ 患者さんを本当に良くする人は何を見ているのか

▶ 整体師が問診で本当に聞いていること

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次