高齢者の方を施術していると、若い方とは少し違う体の見方が必要になると感じることがあります。
例えば、背骨の変形。
長年の猫背。
腰部脊柱管狭窄症。
圧迫骨折の既往。
人工関節。
手術歴。
いろいろなものを抱えながら生活している方がいます。
以前の私は、そういう方に対しても、どこかで
「できるだけ正常な姿勢に近づけた方がいい」
と考えていました。
でも今は、少し違います。
高齢者の施術では、「正常な姿勢に戻すこと」を一番の目標にはしていません。
そう考えるようになったきっかけの一つに、忘れられない経験があります。
亡くなった患者さんの姿を見て、ハッとした
以前、パーキンソン病の患者さんを担当していました。
その方は、かなり姿勢が崩れていました。
長く施術をさせていただいていたのですが、ある日亡くなられました。
その後、お線香をあげに伺った時のことです。
ご遺体が棺に納められていて、私も最後にお顔を見ることができました。
その時、ふと気づいたことがありました。
頭が枕についていなかったんです。
それを見た時に、私はハッとしました。
もちろん、亡くなられる前後の状況や死後の体の変化など、私はすべてを知っているわけではありません。
ですから、その姿勢がなぜそうなっていたのかを医学的に説明することはできません。
でも、その時の私は、
「体って、力を抜けば必ず真っすぐに戻るものではないんだな」
と感じたんです。
この経験は、自分の施術に対する考え方を見直す一つのきっかけになりました。
そもそも「正常な姿勢に戻す」ことは可能なのか
長い年月をかけて変化してきた体があります。
何十年も猫背だった。
圧迫骨折によって椎体が変形している。
関節そのものに変形がある。
手術によって構造が変わっている。
そういう方を前にして、
「正常な姿勢に戻しましょう」
と考える。
もちろん、動ける範囲を広げたり、日常生活で楽に体を使えるようにしたりすることは大切です。
でも、構造的に変化しているものまで含めて、教科書に載っているような姿勢に戻そうとする。
それは本当に必要なのだろうか。
私はそう考えるようになりました。
患者さんが求めているのは「きれいな姿勢」なのか
もう一つ考えたいのが、患者さん自身が何を求めているのかです。
高齢の患者さんが、
「教科書通りのきれいな姿勢になりたい」
と思って施術を受けているケースは、それほど多くありません。
腰が痛い。
歩きづらい。
立ち上がるのが大変。
買い物に行きたい。
もう少し自分の足で歩きたい。
夜、痛みを気にせず眠りたい。
患者さんが本当に困っているのは、こちらだったりします。
だったら施術者が目標にするものも、
「正常な姿勢にすること」ではなく、「この人が今の体でどうすれば生活しやすくなるのか」
でいいのではないか。
私は今、そう考えています。
ものすごい猫背なのに、痛くない人もいる
これは臨床をしていると、本当に不思議です。
ものすごく背中が丸くなっている。
一見すると、
「これはかなり負担がかかっていそうだな」
と思う。
でも本人に聞くと、
「別に痛いところはないよ」
と言う方がいます。
逆に、見た目としてはそれほど大きく姿勢が崩れていないのに、強い痛みを訴える方もいます。
こういう方たちを何人も見ていると、
「姿勢が悪いから痛い」という一つの説明だけでは、どうしても辻褄が合わなくなってきます。
「正常な姿勢=痛くない」でもない
姿勢を整えることに意味がないと言っているわけではありません。
姿勢や体の使い方が変わることで、特定の場所への負担が変化したり、動きやすくなったりすることはあります。
だから私も姿勢は見ます。
ただ、
「姿勢が悪いから痛い」
「姿勢を正常にすれば痛みがなくなる」
と単純には考えなくなりました。
なぜなら、実際の患者さんを見ていると、それだけでは説明できないからです。
同じように背中が丸くても、痛い人と痛くない人がいる。
同じような変形があっても、生活に困っている人と困っていない人がいる。
では、その違いは何なのか。
私はそこを考える方が大切だと思っています。
「形」よりも、その体がどう機能しているかを見る
そう考えるようになってから、私は形だけではなく、
「今、この体はどうやって成り立っているんだろう」
という見方をするようになりました。
呼吸はどうなのか。
体を動かした時に、どこが動いているのか。
どこか一部分だけが頑張っていないか。
筋肉の緊張はどうなのか。
左右で違いはないか。
日常生活ではどう動いているのか。
そして私は、自分の臨床の中では「循環」という視点もかなり大切にしています。
血流だけという意味ではなく、その人の体の中でさまざまなものが滞りなく働けているのか、という少し広い意味で私は捉えています。
これは私自身の臨床上の見方であって、
「痛みの一番の原因は循環である」
と医学的に断定しているわけではありません。
ただ、形だけでは説明できない患者さんをたくさん見てきた中で、今の私はこの視点をかなり重視しています。
高齢者の体には、その人が生きてきた時間が残っている
高齢者の体を見ていると、私は時々、
「この姿勢にも、この人なりの理由があるんだろうな」
と思うことがあります。
何十年という仕事。
過去のケガ。
手術。
病気。
生活習慣。
歩き方。
痛みをかばってきた時間。
そういうものが積み重なって、今の体があります。
それを見た瞬間に、
「正常ではないから戻しましょう」
と考える。
私は、それだけでは少し乱暴だと思うようになりました。
今の姿勢を「間違った形」として見るのではなく、その人が長い時間をかけて今まで生活してきた結果として見る。
そうすると、体の見え方が少し変わります。
「治す」より、「今の体でどう生活するか」
高齢になれば、元に戻らないものは増えていきます。
変形した骨。
人工関節。
手術によって変わった構造。
長年かけて変化した姿勢。
それらを全部若い頃の状態に戻すことを目標にしたら、施術者も患者さんも苦しくなると思います。
だから私は、
「どこまで正常に戻せるか」
よりも、
「今ある体で、どうすればこの人が少しでも楽に生活できるか」
を考えます。
痛みが減る。
歩きやすくなる。
立ち上がりやすくなる。
できなかったことができる。
生活の中で困ることが一つ減る。
そういう変化の方が、その人にとっては大切かもしれません。
正常から外れていることと、悪いことは同じではない
あの患者さんの姿を見た時のことを、私は今でも覚えています。
頭が枕についていない。
その姿を見た時に、
「ああ、体って簡単に真っすぐにはならないんだな」
と思いました。
それから私は、高齢者の体を見る時に「正常な形」というものに以前ほどこだわらなくなりました。
もちろん、危険な状態を見逃していいわけではありません。
必要であれば医療機関での評価も必要です。
でも、施術の中では、
正常から外れていることと、その状態がその人にとって悪いことは、必ずしも同じではない。
そう考えています。
形をきれいにすることを目的にするのではなく、今ある体を見て、その人が困っていることを一つずつ減らしていく。
高齢者の方を長く施術してきて、私は今、そちらの方を大切にしています。

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