高齢者の「できる」と「安全にできる」は同じではない

高齢者の方を施術していると、

「歩けるようになりました」

「立てるようになりました」

「一人でトイレに行けるようになりました」

こういう変化が出ることがあります。

もちろん嬉しいです。

患者さんも嬉しいですし、ご家族も喜んでくださいます。

施術者としても、

「やっていて良かったな」

と思う瞬間です。

でも、高齢者の方を見ている時には、一つ気をつけていることがあります。

「できる」と「安全にできる」は、同じではない。

ということです。

目次

「歩ける」にも、かなり大きな差がある

例えば一言で、

「この人は歩けます」

と言っても、その中身は全然違います。

一人で安定して歩ける。

手すりがあれば歩ける。

杖があれば歩ける。

誰かが横についていれば歩ける。

ふらつきはあるけれど、一応歩ける。

転倒する可能性がかなり高いけれど、身体能力としては歩ける。

これらを全部、

「歩けます」

という一言でまとめることもできてしまいます。

でも、施術者として評価するなら、それでは足りません。

大切なのは「できるか」だけではなく、「どのようにできているのか」です。

患者さんの「できます」を、そのまま評価にしない

これは歩行だけの話ではありません。

例えば患者さんに、

「お通じはありますか?」

と聞いたとします。

患者さんが、

「ありますよ」

と答える。

そこで、

「そうなんですね」

と終わってしまう施術者もいると思います。

でも私は、もう少し聞きます。

「どのくらいの頻度で出ていますか?」

「最後に出たのはいつですか?」

と。

なぜなら、患者さんの言う「出ている」と、施術者が想像している「出ている」が同じとは限らないからです。

例えば20年以上、週に1回程度の排便がその人にとって当たり前だったとします。

その人に、

「お通じはありますか?」

と聞けば、

「あります」

と答えるかもしれません。

本人にとっては、それが普通だからです。

だから、

患者さんの言葉と、施術者が頭の中でイメージした状態が一致しているとは限らない。

ここは意識しておいた方がいいと思います。

「できるか」ではなく「どうできるか」を見る

歩行も同じです。

「歩けますか?」

「歩けます」

だけでは分かりません。

どのくらいの距離を歩けるのか。

何かにつかまっているのか。

方向転換は安定しているのか。

疲れてきた時はどうなのか。

足はきちんと上がっているのか。

ふらつきはないのか。

転びそうになった時に立て直せるのか。

そして高齢者の場合、身体能力だけではなく、認知機能や生活環境なども関係してきます。

体が動くことと、その体を安全に使えることは別なんです。

「体がもっと動けるようになったら、本当に安全なのか」と考えた患者さん

以前、初回の無料体験で伺った患者さんのことをよく覚えています。

その方は、身体能力だけを見れば一応歩くことができました。

ただ、歩行はかなり不安定でした。

さらに認知症もあり、日常生活の中での安全面についてご家族の見守りが必要な状態でした。

私はその方を見た時に、一つ気になったことがありました。

「この方の場合、単純に体を動きやすくすることだけを目標にしていいのだろうか」

ということです。

身体能力だけ上がればいいわけではない

もし施術を続けて、今より体が動きやすくなったとします。

普通に考えれば、良い変化です。

でも私は、その時こう考えました。

体が動きやすくなれば、自分から立とうとする機会が増えるかもしれない。

歩こうとする機会も増えるかもしれない。

一方で、認知機能や歩行の安定性が同じように変わるとは限らない。

そうすると、

「動ける能力」と「安全に行動できる能力」の間に、かえって差が生まれる可能性はないだろうか。

と考えたんです。

そして活動する機会が増えれば、それだけ転倒する場面も増える可能性があります。

高齢者の場合、転倒から骨折につながれば、その後の生活が大きく変わることもあります。

だから私は、単純に、

「もっと歩けるようにしましょう」

とは考えられませんでした。

私はご家族に、施術を勧めませんでした

その時、ご家族には自分の考えを正直にお伝えしました。

私の見立てでは、施術によって体の動きが変わる可能性はある。

でも、今の歩行状態や認知機能まで含めて考えると、体が動きやすくなることが必ずしも安全につながるとは限らない。

むしろ、活動量が増えることで転倒する機会が増える可能性も私は心配している。

だから、

「私は積極的に施術をお勧めしません」

ということをお伝えしました。

最終的には、ご家族に判断していただきたいともお話ししました。

ご家族も話を聞いてくださり、

「一度考えてみます」

とおっしゃっていました。

その翌日、その方は転倒して骨折した

そして翌日でした。

その方が一人で歩いた際に転倒し、骨折して入院されたと聞きました。

もちろん、これは私が施術をしたから起きたことではありません。

初回の体験だけでしたし、その転倒の原因を私が決めつけることもできません。

ただ、この出来事は私の中に強く残りました。

身体能力として「歩ける」ことと、

生活の中で「安全に歩ける」ことには、大きな差がある。

そのことを改めて考える経験になりました。

良くすることだけを考えると、見えなくなるものがある

施術者は、患者さんを良くしたいと思っています。

歩けなかった人を歩けるようにしたい。

立てなかった人を立てるようにしたい。

動かなかったところを動くようにしたい。

その気持ちは当然です。

私も同じです。

でも高齢者の施術では、

「能力を上げることが、この人の生活全体にとって本当にプラスなのか」

まで考えなければいけないことがあります。

身体機能だけを切り取ればプラス。

でも、転倒リスクや認知機能、生活環境まで含めると判断が変わる。

そういうケースはあると思います。

施術者が「できるようにした」と喜びすぎない

患者さんができなかったことをできるようになったら、もちろん一緒に喜べばいいと思います。

それは素晴らしいことです。

ただ、施術者自身はそこで少し冷静になる必要があります。

「自分の施術で歩けるようになった」

「自分の施術でこんなことまでできるようになった」

そこだけを見てしまうと、その先にあるリスクが見えなくなることがあります。

できるようになった。

では、安定してできるのか。

繰り返してもできるのか。

疲れた時にもできるのか。

一人でも安全なのか。

認知機能を含めて、自分で適切に判断できるのか。

生活環境の中で実際に行っても大丈夫なのか。

そこまで考えて初めて、

「この人にとっての変化」を評価できるのだと思います。

「できた」の一言で評価を終わらせない

患者さんの言葉はとても大切です。

でも、その言葉だけで評価を終わらせない。

「歩けます」なら、どう歩けるのか。

「お通じはあります」なら、どのくらいの頻度なのか。

「階段を上れます」なら、どんな状態で上れるのか。

言葉の奥にある具体的な状態まで確認する。

これは高齢者に限らず、施術者にとって大切なことだと思っています。

そして特に高齢者では、

「できるか」だけではなく、「安全にできるか」まで見る。

できることが増えた時こそ、一度冷静になる。

患者さんとは一緒に喜ぶ。

でも施術者は天狗にならず、その先にある生活とリスクまで考える。

私は、それも高齢者を施術する上での大切な仕事だと思っています。

ここまで読んで、
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