固定給を上げすぎて失敗した話|スタッフのやる気は給与だけでは変わらなかった

今回は、私がスタッフの給与設計で失敗した経験について書いてみようと思います。

整体院や鍼灸院、訪問マッサージを個人で開業し、事業が少しずつ大きくなってくると、スタッフを雇うようになります。

そして、スタッフに長く働いてもらうために、

「できるだけ給与を上げてあげたい」

「給与が上がれば、もっとやる気を出してくれるだろう」

と考えることもあると思います。

私も、以前はそのように考えていました。

スタッフが頑張ってくれたら、すぐに昇給する。

待遇を良くすれば、それだけ会社のことを考えて働いてくれる。

当時の私は、かなり単純にそう思っていたんです。

しかし、実際には、給与を上げたからといって、必ずしも仕事に対する責任感や意欲が高くなるわけではありませんでした。

さらに、一度上げた固定給は、経営者の判断だけで簡単に下げることもできません。

この経験から、固定給は勢いで上げるのではなく、会社が長期的に支払い続けられる金額として慎重に決めなければならないと学びました。

目次

3人目のスタッフを採用した頃の話

この出来事は、私が3人目のスタッフを採用した頃の話です。

当時の私は、スタッフのやる気を高めるためには、給与を上げることが分かりやすい方法だと考えていました。

最初の固定給は、月額23万5,000円ほどでした。

そこから、仕事を覚えたり、患者さんを担当したりするたびに、少しずつ給与を上げていきました。

そして、採用から10か月ほど経った頃には、月給30万円近くになっていました。

10か月で、6万円以上の昇給です。

今振り返ると、かなり速いペースだったと思います。

当時は、

「これだけ給与を上げれば、本人もやる気を出してくれるだろう」

「会社へ貢献しようという気持ちも強くなるだろう」

と考えていました。

しかし、私が期待していたような変化は起こりませんでした。

給与を上げても、仕事への姿勢は変わらなかった

私たちの仕事は、訪問マッサージです。

スタッフは事業所の中で働き続けるのではなく、患者さんのご自宅を回ります。

そのため、院内で働く仕事と比べると、経営者が一日の行動をすべて見ることはできません。

もちろん、勤務時間や訪問予定は決まっています。

当時も、午後6時までは勤務時間として、必要な業務を行ってほしいと伝えていました。

ところが、午後5時を過ぎて予定がなくなると、そのまま帰宅していることがありました。

報告やカルテの確認、翌日の準備など、ほかにできることがなかったわけではありません。

しかし、本人の中では、訪問予定が終われば仕事も終わりという感覚だったのだと思います。

給与を大きく上げたからといって、会社全体を見て動くようになったわけではありませんでした。

貸与した原付があるのに、私のバイクを無断で使っていた

訪問の移動には、会社から原動機付き自転車を貸与していました。

スタッフが安全に訪問できるように、スタッフ用の車両には、事故が起きた場合の補償も考えて保険をかけていました。

ところが、私が勉強会などで不在にしている日に、本人が私の125ccのバイクを無断で使用していたことが分かりました。

スタッフ用の原付を貸与しているにもかかわらず、です。

私が使用していたバイクは、スタッフが業務で使用することを前提とした保険設計にはしていませんでした。

対人・対物の補償はありましたが、乗っていた本人がけがをした場合の補償は、スタッフ用車両ほど十分ではありませんでした。

仮に事故が起きれば、スタッフ本人だけではなく、相手方や会社にも大きな影響が出ます。

そもそも、会社が使用を認めていない車両を、経営者がいない間に勝手に使用すること自体が問題です。

この時点で私は、給与を上げることと、責任感が育つことは別の話なのだと感じ始めていました。

介助歩行中に患者さんを見ていなかった

さらに、私にとって決定的な出来事が起こりました。

そのスタッフが、患者さんの介助歩行を行っていた時のことです。

患者さんの体を支えながら歩く場面で、スタッフが別の方向を見たそうです。

その際に患者さんがバランスを崩し、転倒してしまいました。

幸い、大きなけがにはつながりませんでした。

しかし、けががなかったから問題がないという話ではありません。

介助歩行中に患者さんから注意を外せば、大きな事故につながる可能性があります。

骨折していたかもしれません。

頭を打っていたかもしれません。

それまでの生活を大きく変える事故になっていた可能性もあります。

私は、この出来事についてかなり厳しく叱りました。

「今回は大きなけががなかったからよかった。しかし、けがをしていたら、どう責任を取るつもりだったのか」

「介助歩行をしている最中に、患者さんから目を離す余裕がどこにあるのか」

そのような話をしました。

私たちの会社では、患者さんを大切にすることを何より重視しています。

単に施術を提供するだけではありません。

患者さんの安全や生活まで考えて行動することが、私たちの仕事です。

その理念に大きく反する行動だったため、私としては見過ごすことができませんでした。

あまりに重大だと思い、減給を考えた

この出来事があり、私は減給を考えました。

これまで昇給を続けてきましたが、仕事に対する姿勢や責任の重さを考えると、現在の給与額が妥当だとは思えなくなったからです。

そこで初めて、給与を下げる場合の法律やルールを調べました。

そして知ったのが、固定給は経営者の判断だけで、自由に下げられるものではないということです。

給与を上げる時には、経営者とスタッフが合意すれば比較的進めやすい。

しかし、給与を下げることは、スタッフにとって労働条件の不利益な変更になります。

原則として本人との合意が必要であり、就業規則を変更して一方的に下げる場合にも、その変更には合理性や周知などが求められます。

また、ミスへの制裁として減給する場合にも、就業規則上の根拠や適切な手続きが必要で、減給できる金額には法律上の上限があります。

私はこの時、

「給与は勢いよく上げられるのに、問題が起きたからといって同じようには戻せないんだ」

と、初めて理解しました。

昇給は、プレゼントではなく労働条件の変更

当時の私は、昇給をスタッフへの感謝や期待の表現として考えていました。

頑張っているから、上げてあげよう。

これからもっと頑張ってほしいから、先に上げておこう。

そのような気持ちでした。

しかし、経営者からすれば気前よく上げた給与でも、スタッフから見れば、その後は毎月支払われる固定給です。

一度昇給すれば、翌月以降も支払い続けることが前提になります。

会社の売上が下がったとしても、簡単には戻せません。

本人の働き方が、経営者の期待と違っていたとしても、それだけで自由に下げられるわけではありません。

昇給は、一度だけ渡すプレゼントではありません。

会社が今後も継続して負担する労働条件を変更することです。

その重さを、当時の私は十分に理解していませんでした。

給与を上げれば、やる気も上がると思っていた

この経験で学んだもう一つのことは、給与とやる気は、単純には比例しないということです。

もちろん、給与は大切です。

働いた対価として適正な給与を支払う必要があります。

生活が苦しくなるほど低い給与で、やる気だけを求めることはできません。

一方で、給与を上げれば、自動的に責任感が強くなるわけでもありません。

患者さんを大切にするようになる。

会社の備品を丁寧に扱うようになる。

見られていない場所でも勤務時間を守るようになる。

会社全体のことを考えて動くようになる。

こうした姿勢は、昇給だけで作れるものではありません。

本人の価値観や仕事に対する考え方。

採用時の見極め。

会社の理念への理解。

入社後の教育。

評価基準。

問題が起きた時の指導。

さまざまな要素が関係します。

給料を上げる前に、何を評価しているのかを決める

当時の私には、明確な評価制度がありませんでした。

何ができるようになったら、いくら上げるのか。

施術技術だけを見るのか。

患者さんへの対応も見るのか。

勤務態度や報告、会社のルールを守ることも評価するのか。

そうした基準が、十分に整理されていませんでした。

経営者である私が、

「最近頑張っているように見える」

「もっとやる気を出してほしい」

と思った時に、その都度給与を上げていました。

これでは、スタッフ側も、何をすれば評価されるのかが分かりません。

給与は上がっても、求められている責任や役割が明確になっていなければ、仕事の質が変わらないこともあります。

昇給するのであれば、

  • どのような役割を担えるようになったのか
  • どのような技術を身につけたのか
  • 患者さんへどのような対応ができているのか
  • 会社のルールを守れているのか
  • 周囲のスタッフへどのような影響を与えているのか
  • 給与が上がることで、どのような責任が増えるのか

を整理した方がよいと思います。

固定給を上げすぎると、会社の固定費も増える

固定給は、その名のとおり、毎月発生する固定費です。

売上が良い月でも、悪い月でも支払います。

患者さんが増えている時には、多少高い固定給でも問題がないように感じます。

しかし、経営には何が起きるか分かりません。

患者さんが続けて入院することもあります。

大きな紹介元からの依頼が止まることもあります。

感染症の流行や自然災害によって、思うように営業できなくなることもあります。

コロナ禍のように、それまで想定していなかった出来事が起こる可能性もあります。

その時にも、固定給は残ります。

会社の売上が30%減ったからといって、翌月からスタッフの基本給を30%下げることはできません。

社会保険料の会社負担も、基本給や標準報酬月額などに応じて発生します。

固定給を上げるということは、給与だけでなく、会社が継続して負担する人件費全体を増やすことでもあります。

私は、固定給と賞与を分けて考えるようになった

この失敗以降、私は固定給を必要以上に早く上げることには慎重になりました。

もちろん、地域や職種の相場を無視して、低い固定給にすればよいという話ではありません。

スタッフが安心して生活でき、求職者からも選ばれる条件は必要です。

ただし、会社が長く支払い続けられる水準にする。

そして、そのうえで業績や本人の貢献に応じた還元を、賞与などで行う方が、私には経営しやすいと感じています。

固定給は、会社が原則として毎月支払い続ける金額です。

一方、賞与は、制度設計によっては、会社の業績や本人の評価などを反映させやすくなります。

会社の利益が十分に出た。

患者さんへの対応や勤務姿勢が良かった。

新しい役割を担い、会社へ大きく貢献した。

そのような時に、成果を還元できます。

反対に、会社の業績が大きく落ち込んだ場合には、最初から定めたルールに従って、支給額を調整することも考えられます。

賞与なら、経営者が自由に決めてよいわけではない

ただし、ここは誤解してはいけないところです。

賞与であれば、経営者が好きなように支給したり、突然ゼロにしたりできるとは限りません。

雇用契約書や就業規則に、

「毎年2回、基本給の2か月分を支給する」

などと具体的に定めていれば、会社側に支給義務が生じる可能性があります。

長年にわたり、一定の金額を必ず支給してきた場合には、その運用も問題になることがあります。

業績や評価によって賞与額を変えるのであれば、最初から、

  • 会社の業績を考慮すること
  • 本人の勤務成績や評価を反映すること
  • 支給額が変動すること
  • 支給しない場合があること
  • 評価期間や支給日在籍要件

などを、就業規則や賃金規程で明確にしておく必要があります。

固定給より調整しやすいからといって、曖昧な運用をすれば、新しいトラブルになります。

賞与で還元するなら、評価を経営者の気分にしない

賞与を本人の頑張りに応じて支給するのであれば、何を評価するのかを明確にした方がよいと思います。

単に、

「社長から見て頑張っていた」

という基準では、スタッフは納得できません。

施術売上だけを見るのか。

患者さんからの評価を見るのか。

報告や連絡、勤務態度を見るのか。

技術の向上を見るのか。

後輩の教育や会社への貢献を見るのか。

会社が大切にしている価値観と、評価基準をつなげる必要があります。

私たちの会社であれば、売上だけではなく、患者さんを大切にできているかは、外せない項目です。

どれだけ売上が高くても、患者さんの安全を軽視する人を高く評価することはできません。

反対に、売上だけでは見えにくくても、患者さんや周囲のスタッフへ誠実に関わっている人は、会社として大切にしたいと思います。

高い給与を払うことと、スタッフを大切にすることは同じではない

スタッフを大切にするというと、給与を高くすることが最初に浮かぶかもしれません。

もちろん、適正な給与を支払うことは大切です。

しかし、それだけではありません。

仕事に必要な教育を行う。

安心して質問できる環境を作る。

事故が起きない仕組みを整える。

必要な保険へ加入する。

有給休暇を取りやすくする。

無駄な業務を減らす。

頑張った人が正当に評価される制度を作る。

問題のある行動には、曖昧にせず向き合う。

こうしたことも、スタッフを大切にすることです。

給与だけを上げ、期待する役割や会社の理念を伝えなければ、良い組織になるとは限りません。

問題行動は、給与を下げるだけでは解決しない

当時の私は、問題行動に対して減給を考えました。

しかし、今考えると、仮に法律上可能な範囲で減給したとしても、それだけで問題が解決したとは限りません。

なぜ勤務時間を守らなかったのか。

なぜ使用を認めていないバイクへ勝手に乗ったのか。

なぜ介助歩行中に患者さんから注意を外したのか。

本人の仕事への姿勢に問題があったのか。

会社のルールが曖昧だったのか。

教育や確認が足りなかったのか。

採用時に見極められていなかったのか。

そこまで考えなければ、根本的な解決にはなりません。

給与を下げれば、一時的には経営者の気持ちが収まるかもしれません。

しかし、本人の価値観や行動が変わらなければ、同じ問題が起きる可能性があります。

昇給は、期待ではなく実績を見て行う

以前の私は、

「今後もっと頑張ってほしい」

という期待を込めて昇給していました。

しかし、現在は、期待だけで固定給を大きく上げることには慎重です。

期待は、まだ起きていない未来の話です。

一方、固定給は翌月から確実に発生します。

期待していた行動が起きなかったとしても、固定給は残ります。

そのため、昇給は、

「今後やってくれるかもしれない」

ではなく、

「すでに継続して、この役割を担えている」

という実績を見て判断した方がよいと思います。

一度だけ頑張ったからではなく、一定期間続けられているか。

経営者がいる時だけではなく、見られていない場所でも同じ行動ができるか。

売上だけでなく、患者さんへの責任を果たしているか。

そこを確認してからでも、昇給は遅くありません。

経営者は、良い時だけでなく悪い時も想定する

給与を決める時には、現在の売上だけで考えない方がよいと思います。

今の売上が、今後も続くとは限りません。

患者さんが減った時。

紹介が止まった時。

広告の反応が悪くなった時。

社会全体の状況によって営業が難しくなった時。

それでも支払える固定給なのかを考えます。

経営が順調な時に払える金額ではなく、多少売上が落ちても継続して払える金額を基準にする。

そして、会社とスタッフが成果を上げた時には、賞与などで還元する。

この方が、会社を長く続けながら、スタッフへ利益を返しやすいと私は考えています。

私がこの失敗から学んだこと

私は、スタッフのやる気を出してもらおうと思い、10か月ほどで固定給を大きく上げました。

しかし、給与を上げても、私が期待していた責任感や勤務姿勢にはつながりませんでした。

そして、重大な問題が起きた時に初めて、一度上げた給与を簡単には下げられないことを知りました。

知らなかった私にも問題があります。

雇用する以上、給与や労働条件に関するルールを、経営者が理解しておくべきでした。

だからこそ、これから初めてスタッフを雇う方や、昇給を考えている方には、同じ失敗をしてほしくありません。

給与を上げること自体が悪いわけではありません。

会社に貢献してくれたスタッフへ、しっかり還元することは大切です。

ただし、やる気を出してほしいという期待だけで、固定給を勢いよく上げない。

何を評価しているのかを決める。

会社が継続して支払える金額かを確認する。

固定給と賞与の役割を分ける。

賞与についても、就業規則や評価基準を整える。

そして何より、給与だけでスタッフの仕事への姿勢を変えようとしない。

固定給は、スタッフへの一時的なご褒美ではなく、会社が今後も背負い続ける約束です。

その約束を軽い気持ちで増やさないこと。

経営者として、良い時だけでなく、悪い時にも守れる給与設計をすること。

それが、会社とスタッフの両方を守ることにつながると、私はこの失敗から学びました。

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