なぜ私は鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の資格まで取ったのか|資格を増やして見えてきた「再現性」の壁

前回の記事では、19歳の頃に鍼灸接骨院で働き始めて、

「硬いところを一生懸命マッサージしているのに、なぜ全然変わらないんだろう」

と疑問を持ったことを書きました。

それが、私にとって「痛いところや硬いところだけを施術していても足りない」と考えるようになった、一つの大きなきっかけでした。

そして、その経験から次に興味を持ったのが鍼灸です。

当時働いていた鍼灸接骨院には、鍼がとても上手な先生がいました。

マッサージではなかなか変わらないものがある。

だったら、鍼なら変えられるのではないか。

そんな単純なところから興味を持ちました。

結果として私は、柔道整復師の資格を取った後、鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の資格も取得することになります。

ただ、実際に鍼灸を学んでいく中で、また新しい疑問が出てきました。

「すごい先生には結果を出せても、それを自分が同じように再現するのはかなり難しいんじゃないか?」

という疑問です。

今回は、その頃に考えていたことを書いてみます。

目次

鍼灸だけではなく、あん摩マッサージ指圧師も取れる学校を選んだ

私はまず柔道整復師の資格を取りました。

その後、鍼灸師の資格を取ろうと考えました。

ただ、学校を探している中で、鍼灸師だけではなく、あん摩マッサージ指圧師の資格も一緒に取得できる課程があることを知りました。

当時の私は、もう何校も通うつもりはなかったんですよね。

早く現場に出て、正社員としてバリバリ働きたい。

そんな気持ちがかなり強かったです。

だったら、後になって、

「あん摩マッサージ指圧師も取っておけばよかった」

と思うくらいなら、学費は高くなっても一緒に取ってしまおう。

そう考えて、鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の両方を取得できる学校へ進みました。

今振り返ると、あん摩マッサージ指圧師を取って本当によかった

これは現在になって強く思うことですが、あん摩マッサージ指圧師の資格を取っておいて本当によかったと思っています。

私自身、その後の事業の中心になったのが訪問マッサージだったからです。

あん摩マッサージ指圧師による医療保険のマッサージは、筋麻痺や関節拘縮など、医療上マッサージを必要とする方について、医師の同意のもと療養費の対象になる制度があります。

通院が難しい方に対しては、訪問という形で施術を届けられる場合があります。

一方、柔道整復師の保険施術は対象となる負傷が限られていて、単なる肩こりや筋肉疲労などは保険の対象ではありません。

資格ごとに、できることも制度上の立ち位置もかなり違います。

私は当時そこまで先のことを細かく考えて資格を取ったわけではありません。

ただ結果として、あん摩マッサージ指圧師の資格があったことで、訪問マッサージという事業を選ぶことができました。

資格を一つ増やしたというより、自分が将来選べる仕事の幅を一つ増やしていた。

今振り返ると、そんな感覚です。

「柔道整復師だけでは厳しい」という話を聞くことも増えた

同業の方と話していると、柔道整復師を取り巻く環境について厳しい意見を聞くことがあります。

中には、

「柔道整復師はもう厳しいよ」

とかなり強い言い方をする方もいます。

もちろん、柔道整復師という資格そのものに価値がないという意味ではありません。

骨折、脱臼、打撲、捻挫などを扱う専門資格ですし、私自身も柔道整復師として学んだことは今でも非常に役立っています。

ただ、保険制度の対象範囲や請求業務などを考えると、昔と同じような感覚だけで接骨院経営を続けるのは簡単ではないと感じる方がいるのも理解できます。

だからこそ、これから資格を取る方には、

「この資格だけで何ができるか」

ではなく、

「この資格を持つことで、将来どんな選択肢を持てるか」

まで考えてもいいと思っています。

あん摩マッサージ指圧師は、将来の選択肢を広げてくれた

日本は高齢化が進んでいます。

今後も、通院すること自体が難しい高齢者や、在宅生活を続けながら身体機能を維持したい方への支援は必要になると思います。

その中で、訪問マッサージという働き方を選べることは、一つの強みになります。

もちろん、資格を持っていれば自動的に仕事がうまくいくという話ではありません。

営業も必要です。

患者さんとの信頼関係も必要です。

ケアマネジャーなど他職種との連携も必要です。

施術力も当然必要です。

ただ、そもそも資格がなければ選べない仕事があります。

そういう意味で、これから学校を選ぶ方が、鍼灸師だけを取るか、あん摩マッサージ指圧師も一緒に取るか迷っているのであれば、私は将来の選択肢まで含めて考えてみてもいいと思います。

一方で、鍼灸の世界には強く惹かれるものがあった

鍼灸の学校へ入ると、本当にいろいろな話を聞きました。

鍼灸によって大きく症状が変化した方の話。

非常に難しい症状に対して結果を出した先生の話。

一般的な施術ではなかなか変わらなかった方に、鍼灸で変化が出たという話。

学生だった私からすると、

「鍼って、そこまでできる可能性があるのか」

とワクワクするような話がたくさんありました。

東洋医学そのものにも、すごく惹かれる部分がありました。

体を部分だけではなく全体で考える。

症状だけではなく、その人の状態全体を見る。

その考え方自体は、今の私の施術にもかなり影響していると思います。

でも、鍼灸を学ぶほど「どこに刺すか」がものすごく難しいと知った

学校で印象に残っている話があります。

鍼灸では、どこに鍼を刺すのかが非常に重要だという話です。

経穴、いわゆるツボには教科書上の位置があります。

ただ、実際の臨床では、その中でも非常に細かな位置の違いを感じ取って施術する先生がいる。

当時、学校の先生が例えとして話していたのが住所でした。

教科書で分かるのは、例えば、

「何丁目何番地」

くらいまで。

でも本当に優れた先生になると、

「何丁目何番地何号」

くらいまで細かく場所を捉えているようなものだ、と。

この例えが、学生だった私にはかなり印象に残ったんですよね。

「先生でもそこまでなら、自分はどこまで行けるんだろう」と思った

そこで私は考えました。

学校で何年も鍼灸を教えている先生。

鍼灸が好きで、十年、二十年と続けている先生。

そういう方たちでも、さらに上の領域があると言う。

だったら、学生の自分はどうなんだろう。

住所の例えで言えば、

「何丁目」

くらいしか分からないのではないか。

当時の私は、そんなふうに考えました。

もちろん、これは実際の経穴の精度を住所で測れるという話ではありません。

あくまで学校の先生が、熟練による細かな違いを説明するために使った例えです。

ただ私にとっては、

「一流の結果を出すために、かなり高い熟練度が必要になる世界なんだ」

と感じるきっかけになりました。

そこで初めて「再現性」というものを強く考えた

私は、すごい先生がいること自体を疑ったわけではありません。

むしろ、

「そんな結果を出せるのはすごいな」

と思っていました。

ただ同時に、別の疑問も出てきました。

その先生だからできるのか。

その先生が何十年も積み上げた感覚があるからできるのか。

では、そのやり方を習った私が同じようにやった時、どこまで同じ結果を出せるのか。

ここです。

私は、施術を仕事として長くやっていくのであれば、

「すごい結果が出ることがある」

だけではなく、

「ある程度、自分でも繰り返し同じ判断ができる」

ことが大事なのではないかと思うようになりました。

鍼灸の作用は「何も分かっていない」わけではない

ここは少し整理しておきたいところです。

鍼灸について、

「なぜ効くのか全く分かっていない」

という言い方をするのは、現在では少し違います。

鍼刺激が神経系へ影響することや、局所の組織へ作用する可能性、痛みの感じ方に関わるさまざまな反応などについて研究されています。

一方で、鍼灸によって生じるすべての臨床効果を、一つのメカニズムできれいに説明できるわけでもありません。

症状や施術方法によって研究結果も違いますし、施術者の技術、患者さんとの関係、期待など、鍼そのもの以外の要素が関わる可能性もあります。

つまり、分かってきている部分はある。

でも、まだ説明しきれていない部分もある。

私は、そのくらいの捉え方が自然だと思っています。

難しい症状が変化した「理由」まで、自分が説明できるのか

学生時代に聞いた中には、非常に大きな改善例の話もありました。

そういった話を聞くと、施術者としては惹かれます。

「自分もそんな施術ができるようになりたい」

と思います。

ただ私は、そのうち、

「なぜ、その患者さんにその鍼が有効だったのか」

「どの刺激がどう作用したから変化したのか」

「別の患者さんにも同じようにできるのか」

まで考えるようになりました。

そこまで自分の中で整理できないものを、仕事として毎回再現するのは難しい。

当時の私は、そう感じたんですよね。

「名人になればできる」より、自分が判断しやすい方法を探したかった

これは完全に私自身の性格だと思います。

何十年もかけて感覚を磨いて、最終的にものすごい技術へたどり着く。

そういう道も素晴らしいと思います。

実際、鍼灸そのものが好きで、生涯かけて追究している先生もいます。

それは本当にすごいことです。

でも私は、少し違いました。

私は、

「自分が今この施術を選んだ理由」

「施術した後に何が変わったのか」

「変わらなかったら次に何を見るのか」

を、できるだけ自分の中で整理したかったんです。

名人の感覚を追いかけるより、自分なりに仮説と検証を繰り返せる施術を作りたかった。

この考えが、少しずつ強くなりました。

だからといって、鍼灸を否定しているわけではない

ここも大切なので、はっきり書いておきます。

私は鍼灸師の資格を持っていますし、鍼灸を学んだことには非常に価値があったと思っています。

東洋医学の考え方から学んだこともたくさんあります。

実際、自分自身が鍼を受けて大きな変化を感じた経験もあります。

鍼灸だから再現性がない、手技だから再現性がある、と単純に分けられる話でもありません。

鍼灸でも再現性を高めようと研究・教育している方はたくさんいます。

逆に、手技でも施術者の感覚だけに依存してしまえば再現性は低くなります。

あくまでこれは、

「自分はどんな施術体系なら、理解しながら長く追究できると思ったのか」

という私自身の選択の話です。

私は徐々に、手技を中心に体を見るようになった

学生時代にこういった疑問を持ちながら、その後もいろいろな施術を勉強しました。

そして現在は、鍼灸よりも手技を中心に施術することが多くなっています。

理由の一つが、私自身にとっては、その方が体の変化を確認しながら施術を組み立てやすかったからです。

ここへアプローチする。

もう一度動きを見る。

触った感覚を確認する。

全身の緊張がどう変わったのかを見る。

変化がなければ、仮説を変える。

その繰り返しが、自分には合っていました。

以前の記事で書いたファーストアプローチの考え方にもつながります。

まず仮説を立てる。

一手目を入れる。

体の反応を見る。

違ったら修正する。

そうやって施術を進めています。

資格をたくさん取れば、施術が上手くなるわけではない

私は結果として、柔道整復師、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師という三つの国家資格を取得しました。

ただ、三つ持っているから施術が上手いという話ではありません。

資格はあくまで土台です。

それぞれの学校で、違う角度から体について学べた。

選べる仕事が増えた。

違う施術方法を知ることができた。

その価値は非常に大きかったと思っています。

ただ、臨床に出ると、資格の数だけでは解決できない患者さんがいくらでもいます。

そこでまた勉強する。

考え方を変える。

別の方法を試す。

私にとっては、この繰り返しでした。

資格を取るなら「何ができるようになるか」まで考えてみる

これから柔道整復師や鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師を目指している方もいると思います。

学校選びでは、学費も大切です。

通いやすさも大切です。

国家試験の合格率も気になると思います。

ただ、それと一緒に、

「その資格を取ったら、どんな働き方を選べるのか」

まで調べてみるといいと思います。

接骨院をやるのか。

鍼灸院をやるのか。

訪問マッサージをするのか。

病院や施設で働くのか。

自費施術をするのか。

複数資格を組み合わせるのか。

資格は、卒業した瞬間だけを考えるのではなく、その後何十年働くための選択肢だと思います。

私の場合、三つの資格を取ったからこそ比較できた

今振り返ってみると、三つの資格を取ったことの大きな価値は、単純にできる仕事が増えたことだけではありません。

マッサージを学んだ。

鍼灸を学んだ。

柔道整復を学んだ。

それぞれ違う考え方を知りました。

だから、

「この方法なら全部解決できる」

と思わなくなったんですよね。

マッサージにも強みがある。

鍼にも強みがある。

それぞれ限界もある。

手技にも同じことが言えます。

どの方法が一番優れているかではなく、

「この患者さんに、今どの方法が必要なんだろう」

と考える。

この視点を持てたことは、複数の分野を学んだ意味の一つだったと思っています。

鍼灸を学んだからこそ、自分が進みたい方向も分かった

もし私が鍼灸を勉強していなかったら、

「鍼なら全部変えられるのではないか」

という期待をずっと持ち続けていたかもしれません。

実際に学んだからこそ、その奥深さも知りました。

そして同時に、

「この領域を自分が名人レベルまで追究するのは、本当に自分の進みたい道なのか」

と考えることができました。

そこで私は、もっと自分なりに体を評価して、変化を確認しながら進められる方法を探したいと思いました。

結果として、それが現在の手技中心の施術につながっています。

施術を選ぶ時に、私は「再現できるか」をかなり大切にしている

新しい施術方法を学ぶ時、私は今でも、

「これは自分でも再現できるだろうか」

という視点を持っています。

すごい先生が結果を出した。

それは素晴らしいです。

でも、自分が現場で使うのであれば、

なぜそこへアプローチするのか。

何を見て判断するのか。

施術後に何を確認するのか。

違った場合にどう修正するのか。

ある程度、自分の中で説明できるものを使いたい。

これは、学生時代からあまり変わっていません。

「すごい技術かどうか」だけではなく、「自分が考えながら繰り返し使えるか」を見る。

私にとっては、そこが大切です。

19歳の「なんで取れない?」から、再現性を考えるようになった

振り返ると、全部つながっています。

19歳の時に、肩の硬いところを一生懸命揉んでも変わらなかった。

「なんで取れないんだろう」

と思った。

そこで鍼灸に興味を持った。

自分自身も鍼の変化を経験した。

鍼灸を学び始めた。

今度は、その世界の奥深さを知った。

そして、

「名人ができることを、自分がどうやって再現するんだろう」

という疑問が出てきた。

そこからまた、自分の施術の方向を考えるようになりました。

今の私は、痛い場所だけを見るのではなく、全身を見ます。

既往歴を聞きます。

手術歴も聞きます。

ファーストアプローチを考えます。

施術したら再評価します。

これは最初から完成していた考え方ではありません。

分からないことが出てくるたびに、

「じゃあ、どう考えればいいんだろう」

と進んできた結果です。

分からないことが出てきた時に、自分の知っている方法へ無理やり当てはめない。

別の考え方を学び、それでも分からなければ、また考える。

結局、私の施術はその繰り返しで作られてきたんだと思います。

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