「痛いところを施術するだけでは足りない」と19歳で感じたきっかけ|私の施術の原点

今の私は、患者さんの痛いところだけを見て施術する、という考え方はほとんどしていません。

腰が痛いから腰。

肩が痛いから肩。

膝が痛いから膝。

もちろん、その場所を確認することは大切です。

ただ、

「なぜそこが痛くなっているんだろう」

「なぜそこだけ筋肉の緊張が強いんだろう」

というところまで考えないと、施術として足りないことがあると思っています。

では、いつからそんな考え方になったのか。

振り返ってみると、かなり早い時期でした。

まだ19歳。

資格すら持っていない頃です。

当時働いていた鍼灸接骨院で、何度揉んでも取れない肩の硬さに出会ったことが、一つの大きなきっかけでした。

目次

高校卒業後、まず柔道整復師を目指した

私は高校を卒業して、まず柔道整復師の資格を取るために学校へ進みました。

当時18歳です。

ただ、入学してすぐに接骨院でアルバイトを始めたわけではありません。

最初にアルバイトをしたのは、料理屋でした。

キッチンです。

当時の私は、本当に料理ができなかったんですよね。

これから大人になって一人で生活することもあるだろうし、

「さすがに料理くらいはできるようになっておいた方がいいな」

と思って、まず飲食店で働きました。

そこである程度料理を覚えて、

「これなら自炊くらいはできそうだな」

と思えるようになりました。

そこで19歳の時に、次は自分がこれから働いていく業界へ入ろうと思い、鍼灸接骨院でアルバイトを始めました。

19歳の私は、とにかくマッサージが上手くなりたかった

その鍼灸接骨院には、比較的若い施術者もたくさんいました。

21歳くらいの先生も多かったと思います。

19歳の私からすると、ほんの少し年上です。

そこで私は、

「この人たちよりマッサージが上手くなりたい」

と思ったんですよね。

若かったですし、単純です。

でも、その分かなり練習しました。

空いている時間があればマッサージの練習をする。

どうしたら気持ちよく感じてもらえるか。

どうやったら筋肉をしっかり捉えられるか。

どう押したら相手に嫌な痛みを与えないか。

そんなことを考えながら、かなり練習していました。

そのうち、社長からも、

「マッサージ、ずいぶん上手くなったね」

と言ってもらえるようになりました。

当時の私は、それがすごく嬉しかったんですよね。

練習して、上手くなって、実際の施術に入るようになった

ある程度マッサージができるようになって、アルバイトとして実際に患者さんの施術へ入らせてもらうようになりました。

最初は当然、覚えたことを忠実にやります。

筋肉が硬い。

だったら、その硬い部分をしっかり揉む。

当時、私が教わっていたのは、かなりシンプルに言えばそういう考え方でした。

筋肉が硬くなっているところを見つける。

そこを丁寧にマッサージする。

そうすれば筋肉が柔らかくなって、患者さんも楽になる。

私自身も、それを疑っていませんでした。

むしろ、

「ちゃんと硬いところを探して、しっかり揉めるようになればいい」

と思っていました。

ところが、何度揉んでも取れない硬さがあった

そんな中で、すごく気になったことがありました。

肩の上部に、明らかに硬くなっている部分がある患者さんです。

いわゆる硬結と呼ばれるような、周囲よりも明らかに硬さを感じるところですね。

そこを一生懸命マッサージします。

何度も何度も狙います。

当時の私はまだ19歳です。

経験も少ない。

だから、

「自分の揉み方が弱いのかな」

「もっと丁寧にやれば柔らかくなるのかな」

と思います。

さらに念入りにやる。

でも、取れないんですよね。

施術前と比べれば多少変わっているのかもしれません。

でも、自分が想像していたようには全然柔らかくならない。

そこで、ものすごく疑問を感じました。

「なんでこれ、取れないんだろう?」

と。

教わった通りにやっているのに、結果が出ない

ここが、私にとってすごく大きかったです。

適当にやって結果が出なかったわけではありません。

教えてもらった通りにやっていました。

しかも、自分なりにはかなり練習していました。

硬いところを探して、そこをしっかり揉む。

それを忠実にやっている。

それなのに、目の前の硬さが変わらない。

さらに、人によっては翌日に、

「揉み返しが来ました」

と言われることもありました。

当時の私からすると、

「え?」

という感じです。

良くしようと思って、一生懸命硬いところを揉んだ。

でも硬さは取れない。

それどころか、刺激を入れすぎれば翌日に痛みが出ることまである。

そこで初めて、今まで持っていた前提を疑ったんですよね。

「そもそも、この硬い場所が原因じゃないんじゃないか?」

19歳の私でも、さすがに思いました。

「これ、原因が全然違うところにあるんじゃない?」

と。

もし、この硬い筋肉そのものが問題なのであれば、そこを適切にマッサージすれば、もっと変化してもよさそうです。

でも変わらない。

だったら、

「ここが硬くなっていること自体が結果なのではないか」

という疑問が出てきます。

今でこそ、私は当たり前のようにそう考えます。

でも、当時はまだ資格も持っていない19歳です。

それまで習っていた考え方とは違う方向へ、初めて疑問を持った瞬間でした。

「硬いところを揉めばいい」では説明できない体がある。

これは、私にとってかなり衝撃的な経験でした。

マッサージが下手だからではなく、考え方そのものが足りないのかもしれない

最初は、自分の技術不足だと思います。

もっと上手くなれば取れる。

もっと深く押せれば変わる。

もっと正確に筋肉を捉えられればいい。

でも、練習しても同じようなことが起こります。

そこで、少しずつ、

「マッサージの技術をもっと上げれば全部解決する、という話じゃないのかもしれない」

と思うようになりました。

これは、その後の私の施術観にかなり影響しています。

技術が必要ないという話ではありません。

マッサージが上手いことも大切です。

そこで私は「鍼なら変えられるのではないか」と考えた

当時働いていたのは鍼灸接骨院でした。

当然、鍼やお灸を使った施術も行われていました。

その中に、鍼がとても上手な先生がいたんです。

患者さんからも人気がありました。

そこで私は、

「もしかしたら、マッサージでは取れないこういう硬さを、鍼なら変えられるのかな」

と思うようになりました。

今考えれば、かなり単純な発想です。

でも19歳ですからね。

マッサージで取れない。

鍼の上手な先生がいる。

だったら、鍼には自分が知らない何かがあるんじゃないか。

純粋にそう思いました。

自分自身が鍼の効果に驚いた経験もあった

ちょうどその頃、自分自身の足首にも気になることがありました。

私は以前、足首を骨折した経験があります。

その影響もあったのか、正座をすると足首がかなり動きづらかったんですよね。

正座しようとしても、どうにも収まりが悪い。

そこで、その足首に鍼をしてもらったことがあります。

鍼に電気をつなぎ、いわゆる鍼通電をしてもらいました。

その施術が終わった後に、もう一度正座してみると、明らかにやりやすくなっていたんです。

これにも、かなり驚きました。

「鍼って、こんなに変わるんだ」

と。

自分の体で変化を感じたので、なおさら印象に残りました。

「この業界でやっていくなら、鍼灸師も取ろう」と決めた

その頃には、私はこの業界でずっと働いていきたいと思っていました。

だったら、できることは多い方がいい。

マッサージだけで変わらないものがある。

そして、自分自身が鍼で体の変化を感じた。

それなら、鍼灸師の資格も取った方がいい。

そう考えました。

そこで、柔道整復師の資格を取った後に、鍼灸の学校へ進むことを決めました。

どうせ次の学校へ行くなら、あん摩マッサージ指圧師まで取ろうと思った

ただ、そこでまた考えたんですよね。

鍼灸師だけ取るのか。

それとも、あん摩マッサージ指圧師まで一緒に取るのか。

当時の私は、早く学校を卒業して、正社員として現場でバリバリ働きたい気持ちがかなり強かったです。

資格の学校に何度も通い続けるつもりはありませんでした。

自分の感覚としては、

「次の学校で最後にしたい」

と思っていました。

だったら、後になって、

「やっぱりあん摩マッサージ指圧師も取っておけばよかった」

と思うくらいなら、最初から全部取ってしまおう。

学費は当然高くなります。

それでも、鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の両方を取れる課程へ進むことにしました。

結果として、柔道整復師、鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師の資格を取得することになります。

ただ、鍼を覚えたらすべて解決したわけではなかった

もちろん、その後鍼灸を学んだからといって、

「これで全部分かった」

となったわけではありません。

むしろ逆でした。

勉強すればするほど、体ってそんなに単純ではないんだなと思うようになります。

マッサージだけでは説明できない。

鍼だけでも説明できない。

痛い場所だけ見ても説明できない。

姿勢だけでも説明できない。

一つ勉強すると、また分からないことが出てきます。

でも、その始まりは19歳の時の、

「なんでこの硬さ、取れないんだろう?」

という非常に単純な疑問だったと思っています。

結果が出ない時に、技術だけを疑わない

施術をしていて結果が出ない時、施術者は自分の技術不足を疑うことがあります。

私もそうでした。

もっと揉み方が上手ければ。

もっと正確に筋肉を捉えられれば。

もっと強く押せれば。

もちろん、本当に技術不足の場合もあります。

ただ、それだけではありません。

技術が足りないのではなく、そもそも見ている場所や考えている前提が違うこともあります。

ここを疑えるかどうかは、施術者として大切だと思っています。

「もっと強く」は、必ずしも正解ではない

硬いところが変わらない。

すると、

「もう少し強くやってみよう」

となりやすいです。

でも、それで患者さんに揉み返しが出てしまったら、少なくともその刺激量がその人にとって適切だったのかは考え直す必要があります。

変わらないから強くする。

さらに変わらないからもっと強くする。

この方向だけで進むのではなく、

「そもそも、ここをやり続けることが正しいのか」

と一度立ち止まって考える。

19歳の時の経験から、私はこの視点を持つようになったのだと思います。

目の前の硬さを「悪者」にしない

筋肉が硬いと、どうしても、

「この硬さを取らなきゃ」

と思ってしまいます。

でも、なぜ硬くなっているのかを考えれば、その見方も少し変わります。

体が何かを補うために緊張しているのかもしれない。

別の場所の動きが少ないために、そこで支えているのかもしれない。

痛みを避けるための動きを続けてきた結果かもしれない。

もちろん、一つの理由だけで説明できるわけではありません。

だからこそ、硬いという結果を見つけた時に、

「よし、ここをなくそう」

ではなく、

「なぜ、この人の体はここを硬くしているんだろう」

と考える。

その方が、私は施術として面白いです。

痛いところを施術してはいけない、という話ではない

ここは少し誤解してほしくないところです。

私は、痛いところを施術することが間違っていると言いたいわけではありません。

肩が痛いのであれば、肩を見る必要があります。

腰が痛いのであれば、腰も見ます。

そこを施術して改善するのであれば、それでいいと思います。

ただ、そこを施術してもなかなか変わらない。

何度通っても同じところがまた硬くなる。

強くやるほど翌日に痛みが出る。

そういう時にも同じことを繰り返すのではなく、

「別の見方が必要なんじゃないか」

と思えるかどうかです。

痛いところを見ることと、痛いところしか見ないことは、全く違います。

19歳の疑問が、今の「体全体を見る」という考えにつながっている

今の私は、患者さんを見る時にかなりいろいろな情報を確認します。

姿勢。

動き。

過去のケガ。

手術歴。

既往歴。

呼吸。

内臓を含めた体幹の状態。

頭部や頸部とのつながり。

もちろん、全部を毎回同じように見るわけではありません。

その方によって必要なところを見ます。

でも、

「症状があるところだけ見ればいい」

という考えではありません。

なぜなら、19歳の頃にすでに、

「そこを一生懸命やっても変わらない人がいる」

という経験をしてしまったからです。

分からないことが出てきた時が、次の勉強の入口になる

今振り返ると、あの時に結果が出なかったことは、私にとってかなり大きな経験でした。

もし、何でもマッサージだけでうまくいっていたら、

「これで十分だ」

と思っていたかもしれません。

でも、変わらない患者さんがいた。

自分なりに一生懸命やっても駄目だった。

だから、

「自分が知らないものがある」

と気づきました。

それで鍼灸へ興味を持った。

実際に自分の体で鍼の変化も経験した。

資格を取ろうと思った。

そして、その後もまた分からないことが出てきて、別の勉強へ進んでいきました。

そう考えると、結果が出なかった経験というのは、必ずしも悪いことではないんですよね。

そこで、

「患者さんが悪い」

「体が硬すぎるから仕方ない」

で終わらずに、

「自分が知らない考え方があるんじゃないか」

と思えると、次へ進めます。

施術者として大切なのは、自分の前提を疑えること

私は今でも、自分の考えが絶対に正しいとは思わないようにしています。

この患者さんはこうだろう。

ここが原因だろう。

この施術なら変わるだろう。

仮説は立てます。

でも、実際に施術して変わらなければ、

「違ったかな」

と考える。

そこからまた別の見方をします。

この繰り返しです。

19歳の時、

「硬いところを揉めば柔らかくなる」

という自分の中の前提が崩れました。

今思えば、それが施術者としてすごく大切な経験だったのかもしれません。

技術を増やすことより、その技術を「いつ使うか」を考える

施術者として勉強を始めると、いろいろな技術があります。

マッサージ。

ストレッチ。

鍼灸。

関節へのアプローチ。

姿勢へのアプローチ。

その他にも、本当にいろいろあります。

新しい技術を覚えること自体は面白いです。

私もたくさん学んできました。

ただ、長く臨床をしてきて思うのは、

「何ができるか」

だけでは足りないということです。

大切なのは、

「この患者さんには、なぜ今この技術を使うのか」

です。

その判断がなければ、持っている技術を順番に試しているだけになってしまいます。

私の施術の原点は「なんで取れないんだろう?」だった

今では、いろいろな視点から患者さんの体を見るようになりました。

でも、その始まりをたどると、すごく単純です。

19歳の時に、患者さんの肩を一生懸命マッサージした。

それでも硬さが取れなかった。

「なんで?」

と思った。

それだけです。

でも、その疑問があったから、

「マッサージだけでは足りないのかもしれない」

と思いました。

鍼灸を学ぼうと思いました。

さらに体について勉強するようになりました。

そして今では、痛い場所そのものだけではなく、その背景まで考えて施術するようになっています。

痛いところを施術するだけでは足りない。

私がそう考えるようになったのは、何か難しい理論を学んだからではありません。

目の前の患者さんが、自分の知っているやり方では変わらなかったからです。

臨床では、こういう経験が一番勉強になることがあります。

教科書通りにいかない。

習った通りにやっても変わらない。

その時に、

「もっと強くやろう」

だけで終わるのか。

それとも、

「そもそも自分の見方が違うんじゃないか」

と考えるのか。

この違いは、施術者として長く続けていくほど大きくなっていくと思っています。

私自身も、まだ分からないことはたくさんあります。

だからこそ、目の前の体が自分の予想通りに変わらなかった時には、その反応を大切にしたい。

「なぜ変わらなかったんだろう」

と考える。

19歳の時に感じたあの疑問は、今でも私の施術の根っこに残っています。

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